アニメ監督と同人サークル「松風工房」、2つの業界で活躍する中村亮介氏が考えるコミケの醍醐味

同人サークル「松風工房」は、アニメクリエイターで構成されたメンバーによって2010年より活動しているサークルです。主宰の中村亮介氏は、「ねらわれた学園」や「あいうら」「灰と幻想のグリムガル」で監督を務めたアニメ監督。その中村氏がコミケに積極的に参加するのは「プロ・アマは関係なく自由な発想で作りたい作品が作れる」ことに理由がありました。今回は、アニメ業界のクリエーターならではの視点から、同人活動の魅力を聞いて来ました!

アニメ制作を通して出会った仲間と同人サークルを作った

まずは、サークルのメンバー構成やサークルの活動内容を教えてください。

中村「松風工房」のメンバーは現在6人です。僕がいちおう代表なんですが、他は、アニメーターでありイラストレーターの細居美恵子さん、編集の桂むつみさん、デザイナーの渡部岳さん、ライターの武井風太さん、そして企画協力の戸田力良さんですね。個人的に売り子をお手伝い頂いている友人もいますが、ふだん同人誌の内容はこの6人で相談しています。

僕は責任者として申し込みをしたり、スケジュールを円滑に進める役割ですが、今後出す本によっては、もちろんクリエーター側にも回りたいなと思っています。
作っている本は、その時々で変わってきていますが、今は細居さんのオリジナル画集がメインですね。本以外のものも作りたいと思っています。たとえば自主制作で映像とか。

装備少女
2016年5月5日に開催されたCOMITIA116にて頒布された新刊「装備少女」

メンバーの方々が皆アニメ業界の方々ですが、やはり普段の仕事での繋がりから出会ったのでしょうか?

中村そうです。細居さんとは「ねらわれた学園」だったり「あいうら」、最近では「灰と幻想のグリムガル」もですが、一緒にアニメのお仕事をしてきまして。出会いは、「逆境無頼カイジ」の各話演出と各話作監です。
桂むつみさんはペンネームですが、マッドハウス[1]時代の後輩で。編集は本職ではないのですが、いつも素晴らしい仕事ぶりには感心しています。この中ではいちばん付き合いが古いですね。
渡部さんは、デザイン会社のmetamoに所属されているデザイナーです。幾原邦彦さんが「少女革命ウテナ」のとき、metamoさんを作品まわりのデザイナーとして使われたのが、metamoさんが最初にアニメ関係のお仕事をされたきっかけだと、別の方から話に聞いたことがあります。作品のコンセプトをデザインで統一するという考え方は、そのとおりだなと僕も思いまして。幾原さん繋がりで細田守さんがmetamoを使ってらしたので、細田さん繋がりで、僕も自分の監督作品をお願いするようになったのがきっかけです(渡部さんはウテナには関わっていません)。
武井さんは、マッドハウス時代の同僚で、そのときは広報をされていたんですが、今はフリーランスのライターです。マッドハウス以前は出版社に編集として、その前は小黒さんのスタジオ雄にいらっしゃったので、もともと僕らの中では本づくりには一番近い場所にいた方だと思います。
戸田さんは、ライデンフィルムの社員で「あいうら」の担当進行でした。「あいうら」の本で出たコミケではお客さんの数がすごかったです。
皆、そういった感じで仕事の中で出会った方々ばかりですね。

メンバーみんながクリエイターとしてやりたいことができる場を作りたい

そうそうたるメンバーですね。普段中村さんはじめ、メンバーの皆さんはプロとしてお仕事しておられると思うんですけど、同人活動を始めようと思ったきっかけはなんですか?

中村僕にとっては、マッドハウスから独立してフリーランスになったことが、タイミングとしては大きいですね。社員の時は求められる仕事をこなしていれば良かったわけですが、フリーになると、自分がどういう作り手なのか、ある程度伝えていく必要があると思うんです。
それでブログも始めまして。僕らの仕事を映像としてお客さんに観てもらっているわけですが、もっと生の素材に近い絵コンテとか原画を、見てもらう機会ってなかなかないじゃないですか。興味のある人に向けて、それらを届けられたら面白いなと思いました。
今は公式がそうした紹介をしてくれる時代ですが、当時はそういう部署がなかったのか、むしろ頼んでも実現がなかなか難しい雰囲気ではありましたね。それならば自分たちで同人誌にして、ファンに向けて届けてもいいですか、という感じでした。

普段アニメの仕事をしていく中で、仕事としての発注ではなかなかできないようなクリエイティブってあると思うんです。ゆくゆくはそうしたこともやっていければと。
細居さんがすでに画集という形でイラストを描かれていますが、たとえばそうしたことが、他のメンバーも含めてやっていける場になったら、いちばん幸せなことだなと思っています。僕にも仕事を離れてやってみたいことはあります。自主制作には何より、自分たちがそうした創作を楽しむ気持ちが大事ですから。

そのメンバーではじめてコミケに参加した時に作った本はどのようなものでしょうか?

中村supercell[2]の「Perfect Day」という曲のPVが、僕のコンテ演出で、細居さんの一人原画なんですけれども、その素材を紹介する内容の本でした。確か2011年の夏コミだったかと思います。
アニメの原画って、今でこそ一般の方も目にする機会も多いと思うんですけれど、1枚の絵として本当にすごいと僕は思っているんですよ。だからぜひ見て欲しいなと思いました。
そして本にする以上は、手元に置いてとっておきたいような本にしたいなと。だからデザイナーにも入ってもらって、見せ方も工夫できればと思いました。

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コミケ初参加時に発行した「Perfect Day PV Artworks」

業界の方が公式の作品で同人誌を出すというのは、僕らからすると想像ができないんですが、やっぱり許可とかはしっかりととるんでしょうか?

中村確認は必ずしますね。作品に対して僕らの立場の人間が同人誌を作るのは、お客さんからすればオフィシャルに近い感覚はあると思いますから。
提案した結果、公式から出ることになった、という場合もあります。「灰と幻想のグリムガル」のスターターブックは、提案してみたら公式から出ることになった、というパターンですね。自分たちが関わる以上は、どこから出ようが愛情をもった本に仕上げるようにしています。

そのあたりは業界ならではですね。当時はオリジナルではなかったということですが、今はオリジナル中心なんでしょうか?

中村2013年に参加したコミケでは、夏冬と「あいうら」の原画集を出しまして、その人気にはちょっとびっくりもしたのですが、それ以降は作品の素材を本にしたものは出せていないです。
コミティアにも参加するようになった2014年からは、ずっとオリジナルです。オリジナルには別の楽しさがありますね。
オリジナルとして初めて出した本は、「sunnyrain memories」で、過去に没になってしまったPVの絵コンテやキャラクター設定に加えて、細居さんの描きおろしも含めたイラストをまとめたものです。それが手応えがあったので、2015年の夏には、はじめて全編描きおろしのオリジナル画集「sunnyrain memories やくそく」を出してみました。その結果、細居さんにイラストのお仕事がくるようになったのは、そういうつもりがなかっただけに驚きました。そうした仕事の広がりは嬉しいことですが、あくまで結果なので、同人誌はあくまで自分たちも楽しんで、ファンの方々にも同時に楽しんで頂けていれば良いと思っています。

ずっとチャンレンジしてみたいのが、「sunnyrain memories やくそく」のショートアニメ化で。「ダムキーパー」みたいに自主制作でやれたら素敵だなあと思っているんですが。いつかやりますので、気長に待っていて頂けたら嬉しいです。
思い返せば、僕の中では新海誠さんの存在は大きくて。新海さんが出てきたときの状況って、アニメ業界としてはやや冷淡な対応であったように、僕は記憶しているんですが、個人でゼロから全部を作りきるというのは、本当にすごいことだなと当時の僕は素直に思ったんですね。
そういう自分たちの手だけで一から全てを作りきるということを、いつか経験してみたい、経験してみないわからないことがあるのではないか、という直感がずっとありまして。それを自分もやってみたいんです。

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C88にて発行されたオリジナル画集「sunnyrain memories やくそく」

コミケのことは何も知らなかった

なるほど。一番最初に参加したコミケが2011年の夏コミとのことですが、当時はじめて申し込みをするにあたって苦労したことかはありますか?

中村まず知らないということですかね。コミケに出てみたらというのも、誰かのアドバイスだったと思うんですが、誰からだったかはよく覚えていません。まずは同人に詳しい桂さんに電話して、全てはそこからという感じでした。
当時2010年の冬コミが終わって、まだ寒い季節だったと思いますけれども、次の夏コミまでの締め切りがもう迫ってることにまず驚きました。ジャンルコードというのも謎でしたし。とにかく申し込みの締め切りが、知ったときには目前にせまってましたから、慌ただしかったのを覚えています。
松風工房というサークルの名前も、僕がはじめたブログのタイトルからとったものです。あとで変えよう、とりあえず、くらいの気持ちでしたが、今となっては愛着があります。

その後無事当選したと。制作は早めにはじめていたんですか?

中村当落がでてから制作しはじめましたね。落ちたら次のコミケに受かったときに出せばいいんで、本のことは先に進めておけばよかったと、今なら思います。結果的にはギリギリの入稿になってしまい、ハラハラしましたから。

皆さん普段アニメのお仕事などでかなり忙しいと思うんですけど、どのように進めていたんでしょうか?

中村打合せは主にmetamoの事務所を使わせていただいてます。企画によって回数はまちまちですが、そんなに頻繁に会う感じでもないですね。電話やメールがメインです。あと今ならスカイプですか。コミケの常識みたいな知識は、折にふれて桂さんから教えてもらいました。
知らないことばかりでした。桂さんは教えたり世話を焼いたりすることが(たぶん)好きでもあるので、そこはすごく助かりました。今でも助かっています。

何か制作する上でトラブルなどはありましたか?

中村トラブルというか、知らないことばかりだったので。不安もありましたが、ただ、自分たちが大きいお祭りに参加するのだというワクワク感も大きかったです。当日の開場前は本当にドキドキしました。
周りのサークル様にご迷惑をかけないように、ということには気を使って準備しました。

それぞれの担当パートに関しては、基本的に皆その工程のプロなので、そこはスムーズというか普通というか、いつも通りだったと思います。入稿方法が違ったり、色稿を見れないことに戸惑ったりする程度で。supercellのryoさんにコメントを頂いたのですが、それも快く応じて下さって。
細居さんにとってはこの同人誌の表紙が、初イラストだったはずですが、初めての出来には見えないな、すごいなと思いました。

制作においてファイルの管理などはどうしているのでしょうか?

中村そうだ、そこは手間取りましたね。カット袋から原画を取り出して、スキャンする作業がいちばん大変だったと思います。
原画データのやりとりは、外付けハードディスクに入れて持ち運ぶ感じですね。今思えばアップローダー等を使えないサイズでもなかったんですが、アニメの納品などのデータ移動がいつもその方法なので、他の方法が思い浮かばなくて。つい慣れている感覚で、だったと思います。

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「Perfect Day PV Artworks」の内容の一部。

お客さんと直接接することを大事に

業界の人ならではの部分が多いですね。制作が無事終わって、初のコミケを迎えたわけですが、当日の準備もスムーズだったんですか?

中村そうですね。そこも桂さんが当日必要なもののリストを作ってくれて。当日の進行から気を配ることまで、遠足のしおり的なものを頼りに、準備していく感じでした。行き届いていて、とてもありがたかったです。

初参加において、印象に残っていることはありますか?

中村それは、お客さんとちょくせつ接することができたことですね。「こういう人が買ってくれているのか」、「作品をこう思ってくれているんだ」、とわかるわけですね。それは、めちゃくちゃ感動するんですよ。
お客さんと触れ合う機会って、すごく大事なことだなと今では思います。それは頭でわかっているだけでは不十分なことで、自分で経験してみてはじめて実感としてわかることだと思っています。今でもそれを大事にしています。

それはとても素晴らしいと思います。逆に苦い経験はありますか?

中村まあ、ジャンルかもしれないですね。申し込みの時に、自分たちに当てはまるジャンルがよくわかりませんで。実際に配置されたのも成人の島だったので、僕らの周りはみんな成人向けの漫画を描いているサークルさんばかりで、たしょう浮いてる感はあったかもしれませんね。僕自身、そうしたポスターには度肝を抜かれましたし(笑)。
お客さんも本を手にとってから、なんでこの配置にこの本なんだろう?みたいな、いぶかしげな戸惑いが表情に浮かぶのが、見ててわかるんで。手にとって、欲しいと思って買っていって下さった方には感謝しています。
想像ですけれど、細居さんの表紙イラストがすごく良いので、「このイラストで成人向けマンガだったらぜひ読んでみたい」と思って手にとったものの、「?」という方が多かったんじゃないかなと思います。

あとは、手売りすること自体が初めてだったので、きちんと挨拶してお礼を言う、おつりは間違えないようにするみたいな、基本的なことですけれど、そのへんはたどたどしかったかもしれません。やっているうちに慣れていくものではありますけれども。

ちなみに当時は何部くらい刷って、どのくらい売れましたか?

中村初回は500部ですね。それで350部くらい売れた感じだったと思います。

初回ではけっこう売れている印象ですが、事前にTwitterなどでプロモーションをやっていたのでしょうか?

中村そうでしょうかね。当時はTwitterはやっていなかったです。カタログだったり、「Perfect Day」の本が出ることをどこかでキャッチして下さったファンの方もいたのかな。通りすがりで、という方が一番多かったようにも感じましたが、事前にカタログでチェックして下さってたのかもしれません。

なるほど。お聞きしている限りでは制作から当日までけっこうスムーズな印象を受けます。振り返ってみて、初コミケの際の感想はありますか?

中村メンバーがみんなすごくノリノリで取り組んだことですかね。ふだん、仕事ではできないチャレンジができるのもありますし。何より自分たちが心から楽しんでいたと思いますね。

プロとアマの垣根がない場だからこそ、もっと世の中面白くなる

サークルの代表を務める中で、何か意識していることはありますか?

中村活動を楽しむことですね。楽しむ気持ちを何より大事にしたくて、売れる売れないは正直二の次になっているかもしれません。
仕事になってしまったら、きっと僕にとっては面白くないと感じてしまうんですよ。仕事とは違う楽しさが体験できるからこそだし、メンバーも同じ気持ちだと思います。発想も自由でありたいですね。

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最後に、これからサークル活動をはじようと思っている方にメッセージをお願いします。

中村まず、プロとアマの垣根がなくなってきているのは実感しています。イベントではとくにコミティアを見ていて思うんですが、本当にクオリティが高いんですよね。あとは、(サークルとして)コミケに出る人と(お客さんとして)参加する人の垣根もなくなっていると思うんです。同人という言葉じたい、僕はもうあまり使わないようにしているんですよ。そもそも自分の中で、区別する気持ちがないですから。
昔に比べてどんどん気軽に発信できる時代にもなってきて、クリエイティブな活動の自由度は、すごく高くなってきていると感じます。

だからこそ、ぜひ気軽な気持ちで参加してみることをオススメします。ある時はサークルとして参加する側に回ったり、ある時はお客さんとして参加する、というのも面白いかもしれませんし。
僕らも参加しつつ、他のサークルさんに対してはお客さんという気持ちです。

僕自身は、あまり流行りで作るものを決めたくないとも思っていまして。ふだん仕事の中で、そういうマーケティング的な会話は避けては通れないので、自分たちが心からやりたいことは何かという気持ちを大事にしています。実際、参加者でそういう人は多いんじゃないでしょうか。
そういうことができる場として、コミケはとても良い場所だと思うので、皆さんもどんどんこの場を生かしていって頂ければ、きっと楽しいと思います。
僕にとっては「ねらわれた学園」の本を作った2012年の冬コミが、一番忘れられないコミケかもしれません。当時はtwitterも始めていたので、たくさんのお客さんが映画の感想を言いに来て下さいました。それには涙が出るほど感動しまして。そのときの思いが、今でも僕の胸に熱く残っていますので、こちらこそぜひお礼を言わせて下さい。そうしたみなさんの応援を受けながら、自分はこの仕事を続けていけていると感謝しています。

ありがとうございました!

○「松風工房」の公式サイト→ http://ryousuke1976.blog123.fc2.com/